カテゴリ: 生活
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09.05.2008

10周年!

今年、結婚10周年を迎えます。
入籍は平成10年10月10日。挙式は10月31日に行いました。
もう10年、早いです特に子供が生まれてからの8年はあっと言う間だったような気がします。
イラストー青丸花

この連休、ゆっちとルウは私の実家へお泊まりに出掛けました。ルウは私がいないお泊まりは初めてちょっと心配だったけれどお兄ちゃんも一緒なので大丈夫だったみたいです。
11日と12日は久しぶりに夫婦2人きりで過ごしました。

とは言え、午前中は子供がいない時にしか出来ない床のワックスかけ
午後は私はお庭の手入れ、夫は自転車置き場の囲い作り・・・と忙しくしてました。
せっかく子供がいないし・・・と10年のお祝いに仙台へ外食に行く事にしました。(アルコール飲むから電車
夫がネットで調べてくれて美味しいと評判のフレンチを予約。
予約時間迄の間、記念にプレゼントを買ってくれると夫
きゃー嬉しい
独身の頃からよくピアスを購入していたお店
11時のティータイム

まだお店あるかな〜と心配だったけれどありました。そこでネックレスを買ってもらいました。
じゃ〜ん
10年記念

トリロジーネックレスです!
過去、現在、未来をイメージした3つの石が入った素敵なデザイン。
普段でも付けられるように小さめの石の入ったものにしました。すごく嬉しい〜大事にします。
そして予約したお店へ。
アットホームな感じの小さな店でしたがお料理もワインも美味しくて大満足!
久しぶりに大人な時間を過ごせました。
ありがとう、旦那様。いつも遅く迄仕事仕事でなかなかゆっくり出来ないこのごろでしたが、今日はいっぱい話もして有意義に過ごせました。
子供達を預かってくれた両親にも感謝です

子供達は連休最後の日に帰ってくる予定ですが、12日は私は美容室、夫は理容室へそれぞれ出掛けました。

13日は私のお友達が2人遊びに来ました。本当は3人でしたが一人は体調が悪いとの事で来られなくなったけれど・・・。
先日の友人訃報で久しぶりに再開した同級生です。
お昼は私が作った物を出して言えでゆっくり話す事が出来ました。
夕方になっても話が尽きず、夫が子供達を連れて帰って来てもしばらく話しちゃいましたよ〜
まだまだ話足りない・・・って事で、また来月会う約束しました
2人とも仕事を持っているのでなかなか予定が合わないけれど、これからはもっと頻繁に会おうね、と約束しました。
それにしても小学生の頃からの友人ってどんなにブランクがあっても話す事が無くなる気配がないですね
気分は小中学生の頃に戻った感じです。

とっても充実した連休を過ごせました。楽しかった
13:20 | 生活 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

アウトレットモールへ

今月OPENしたアウトレットモールへ行ってきました。
実は今回2回目です
先日も子供達を連れて行ってきました。ただその時はホントにOPENしたばかりだったので、混んでる混んでる・・・
お店はほとんど見ないで(子供はあまり面白くないしね)隣接している観覧車に乗って帰って来たのでした〜。

今日は実家に子供を預けて夫と二人でショッピングデート
やっぱり子供がいないと身軽でいいですね〜。飽きた!お腹空いた!トイレ!といつもの邪魔が入らず良かったです

今回の目当ては夫のスーツ
うちの夫は紳士服の○○みたいな、2着で1万円とかのスーツは嫌いなので、買うときはかなりのお値段になります。
まあ毎日スーツで出勤のお仕事ではないので数がいらないからこれでもいいんですけどね。
毎日スーツ通勤じゃ、そんな我が儘言ってられないですものね

なかなか素敵なスーツとシャツを見つけてお買い上げ

そして私は憧れのルクルーゼのスクエアディッシュを買いました。

色は↑ではなくてブラウンにしましたよ。秋らしくて素敵でした。お値段も安かったです

買わないけどフェラガモなんかをぶらぶら見てから、実家へ子供を迎えに行きました。

久しぶりにゆっくり買い物出来て良かったです。たまには夫婦でショッピング〜いいですね


22:44 | 生活 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

葬儀

17日、午後から友人Yちゃんの葬儀へ参列しました。
昨日夕方に訃報を知って仲良し5人組の私とYちゃんを除いた3人へ連絡しました。
皆、仕事をもっているにも関わらず2人が駆けつけてくれました。
一人は仕事を午前中してから・・・との事で直接会場へ。もう一人は私の家で待ち合わせて一緒にお昼を食べてから行きました。

葬祭場に着くと、Yちゃんのお母さんがいました。お母さんはYちゃんの息子さんの英語教室の送り迎えをしていたので、何度か話をしたりしてました。
お母さんの顔を見たとたん涙が出て来てしまって・・・。友人とお母さんと3人で泣きました。
「あらちゃ、ごめんね。手紙やメールくれたのに会わせてあげられなくて・・・」とお母さんの言葉。
何も言えなかったです。
斎場に向かうとYちゃんの遺影が目に入りました。でもちゃんと見れなかった・・・。見るのが怖かったです。
見たら大声あげて泣きそうだった。
葬儀が始まる前に会場にあるモニターに思い出の写真が何枚も映し出されました。
息子さんと一緒の幸せそうな写真。そこには私の一番良く知っている彼女の顔をちょっと大人にした姿がありました。
この頃に連絡していれば・・・と昨日から後悔ばかりしています。

斎場には私たちの他にも懐かしい顔がありました。
私の記憶の中では15才の坊主頭(男子は全員坊主頭が決まりだった)の少年達が立派な大人になっていてびっくりでした。
同窓会、一度も出席してないから・・・なおさらですね。

もう一人の友人も何とか間に合い、途中から参列しました。

葬儀の後、私の家で友人2人とYちゃんの思い出を語りました。辛い再会になったけれど、数年ぶりに友人と会えたのはYちゃんの計らいなのかな。と。

友人達が帰った後も、Yちゃんへの思いが頭から離れず、中学の卒業アルバムを出して来て久しぶりに見ました。
その時
アルバムの中から出て来た物。
Yちゃんのネームプレート。
一瞬時が止まった。

当時、卒業する時に好きな人の第二ボタンを貰うのは一般的だったけれど、うちの中学はネームプレートを貰うのが主流でした。
何故か女同士で交換したんでしょうね。いや、私のプレートは彼女にはあげてなかったかも。
中学3年の夏に2年間好きだった人に失恋し、その後好きな人がいなかった私に彼女が「これ、あげるよ!!」とふざけ半分でくれたのを思い出しました。
「え〜女の子の貰っても嬉しくないよ」と言いながらも嬉しくて持ち帰ったんです。
アルバムにはさんで置いたのを忘れてました。

よりによって、葬儀の日にYちゃんのプレートを目にするなんて・・・Yちゃんのちょっとしたイタズラ??
会えなくてごめんね、とYちゃんも言ってくれてる気がしました。

Yちゃん、安らかに眠って下さいね。あなたの事は決して忘れない。
16:35 | 生活 | comments (6) | trackbacks (0) | edit | page top↑

訃報

友人が昨日亡くなりました。
なんだかまだ実感がなく、心にぽっかりと空洞が出来た様な・・・。
彼女との思い出が次々に頭に浮かんできます。彼女とは幼稚園の頃からの付き合いでした。

幼稚園時代一番の仲良しだったんです。
小学校に入り6年間、彼女と同じクラスにならなかった(2クラスしかなかったのに・・・)のもあり、お互いに友人も変わりました。
中学では3年の時に同じクラスになり、仲良し5人組の1人として日々を過ごしました。
高校で私は地元を離れ、地元の友人とはほとんど合わなくなりました。
それでも仲良し5人組は年賀状のやり取りは続けてました。
そんな連絡の取り合いも5人でしなくなったのは皆が就職した頃からでしょうか。
そんな頃、5人の中の一人が結婚する事になり久しぶりに皆が顔を合わせました。結婚式の会場に行くときも皆で一緒に行ったんですが、亡くなった彼女だけ彼氏に送ってもらうとの事で別行動。結婚式の後に場所を移して(2次会がなかったので)久しぶりに話しましたが、彼女だけは彼氏が迎えにくると帰ってしまいました。
その頃から彼女とはあまり連絡が取れなくなってたんです。その後、私が結婚。その時に彼女は呼びませんでした。何処に住んでいるかも分からなかったし、実家に聞けば分かっただろうけど当時そんなに付き合いがあった訳ではないのであえて呼びませんでした。

そして、半年後に別の友人が結婚。その際、彼女を呼んだのですが彼女は来ませんでした。
彼女はその4ヶ月前に入籍して東京へと行っていたのです。友人の結婚式の1週間後に東京で親族だけで式を挙げるとの事で、友人は誰も呼ばなかったそうです。

遠くに離れてしまってますます疎遠になっていました。

そして私が家を建てて実家近くに引っ越して来た頃、彼女が離婚してこっちに戻っていると聞きました。
ただ実家に戻った訳ではなかったので、相変わらず住所も分からずにいたんです。

そして、彼女の病気を知ったのが2年くらい前でしょうか?
お互いの母親どうしが仲良くしていたので私は彼女の近況を知る事が出来たのです。

病気が分かったときはすでに手遅れで、手術しても助からないと言われたそうです。しかし手術を無事に乗り越え、一時は元気になったそうです。
私が病気の事を聞いたのはその元気になった・・・という頃でした。
病気に打ち勝って、元気に仕事もしていると聞き安心していました。
それなのに・・・・・

今年になってから彼女が実家に戻ったと聞きました。離婚後も一人息子を抱え一人で頑張っていた彼女。何故実家に??と思ったけれど、どうやら病気が再発したらしくだいぶ体調が良くなかったみたいなんです。

そして偶然にも彼女の息子とゆっちが同じ英語教室に通う事になり、思い切って息子さんを通して手紙を渡したのが今年の5月。

「会いたいね。」と自分の近況と共に書きました。
彼女からの返事はすぐに来なくて1ヶ月くらい経った頃に息子さんから渡されました。
懐かしい彼女の変わってない字。そしてメールアドレスが書いてあったので早速メールしました。
彼女からは「遊びに来て」と返事が来ましたが、私の母から「体調が良くないらしい」と聞いていたので、そんな所に行っても・・・と躊躇していたんです。
会いたいな・・・という気持ちのまま・・・彼女は天国へ旅立って行ってしまいました。

あまり離婚や病気の事を人に知られたくなかったようで、私も他の3人の友人には何も言ってなかったんです。

今日、彼女の訃報を知らせると皆ビックリして言葉がない状況でした。
知っててなんで会いに行かなかったの!!とも言われました。
確かに、生きているうちに会いたかった・・・それは本心です。ただ同じ年頃の息子をお互いに持ち、それでいて健康な私を見てどう思うだろう・・・とかいろいろ考えてしまってなかなか行けなかった。
息子さんを残して逝く事の辛さ、同じ母親として分かるからなおさら。

元の旦那さんはすでに別の女性と一緒にいるらしく、息子さんはおじいさんおばあさんのもとで育てられるそうです。
きっと息子さんへの思いを残したまま、逝ってしまった事でしょう。
辛かったね、でも病気の辛さも大変だったろうから・・・今は安らかに眠って欲しいです。

明日、彼女に会いに行ってきます。
11年ぶり、すらっとした綺麗な笑顔で「太ったんじゃないの??」と笑って言って欲しかった・・・・。
ライン2
先ほど、お通夜に行った母から聞きました。
彼女の妹さんから言われたそうです。
私が渡した手紙の返事を、彼女はすごく迷っていたそうです。
遺言のようになってしまう・・・と書くかどうかさえも迷っていたと言っていたそうです。
これを聞いて涙が止まらなくなりました。
今、また彼女からの手紙を見ました。きれいな字で、なんでもない文章なんだけど、これを書くのにもいろいろ考え抜いて書いてくれたんだと思うと、ホントに辛いです。
彼女からの最後の手紙・・・大切にします。

19:42 | 生活 | comments (4) | trackbacks (0) | edit | page top↑

SLに乗れる♪

10月から開催される「仙台・宮城デスティネーションキャンペーン
これのイベントの一つ「仙台・宮城DC号(D51蒸気機関車)運行」のチケット争奪戦に参戦しました
発売30分前に行けば大丈夫でしょ〜と甘い考えでした・・・・。
最寄りの駅に行くと、既に3人並んでる
しかもその3人目はママ友でした。「あ、SLチケットで来たの〜?」なんて呑気な私にそのママ友はすごい争奪戦になってる事を教えてくれたんです。

1日のチケットも3日前に発売だったんですが、それが1分たたないうちに完売。しかもそのママ友、前日にSLの始発駅迄出向くとすでに徹夜組がいたんだって

ひえ〜そんな大変な事なんだ!!
ゆっちにチケット取ってくるね〜なんて言っちゃったよ・・・。

結局発売の10時になったけど、私の行った駅では1番に並んだ人だけしか取れませんでした。次の日も発売だったけどもう諦めました・・・。
だって2番に来てたおじさん朝の7時から並んでたって言うし・・・

そのママ友は旅行会社にも10件も予約していてその中で1つだけ取れたそうです。

うちはもうダメだな・・・と諦めてたら、そのママ友の旦那さんが会社の人に大勢頼んでいて一人取れたって連絡がありました。
そのチケットを譲ってもらう事になりました。大人2名、子供2名のチケットだったので、仲のいいお友達親子と一緒に乗る事にしました。
いやいや、すごいイベントですねえ・・・・。

マニアの人はこのSLの写真取る為に沿線の草刈り迄してるらしいです
我が家は線路沿いなので、試運転(5回もするらしい)も自宅から見られるんですよね〜。

乗れる事になってゆっちも大喜びしています。10月が楽しみ

このチケット、ヤフオクでもたくさん出品されてます。一人でいくつも出品してる・・・。
どうやって入手してるんだ、一体・・・闇ルート??
22:35 | 生活 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑