ホワイト食器

来月お友達が遊びにくるので以前から欲しかったランチプレートを購入しました

480円仕切りの付いた食器が欲しかったので・・・。
そして一緒に買ったもの。
490円のラザニア皿です。お昼にラザニアを作ろうかと思っているので取り分け出来るように大きめのお皿を。
これはカフェオレカップだけどスープ入れにいいかなと思って購入しました。299円です!

まだ届いていないけれど、楽しみだな〜
でも食器棚がもういっぱいです使わない食器は処分するしか無いのかなあ・・・。もったいないけれど、オークションにも出せそうもないし(ブランドじゃないと売れないんだよねえ)
引き出物の食器とか姑の趣味悪い食器とか・・・何とかしたいわ

ランチプレート、こちら↓のお店はなな何と390円です


私は他の食器とか送料を考えて上のお店で買ったけれどこちらはかなりお買い得ですね




09:25 | お勧め♪ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

Yちゃんへの思い

友人Yちゃんが亡くなってから、早一週間が経ちました。
イラストー花

今日はYちゃんの息子さんとゆっちが通う英語教室の日。来ないかな・・・と思いながら、送って行くと息子さん来てました。
落ち込んだ様子もなく、ゆっちとじゃれて?遊んでました
ちょっと安心しました。息子さんの笑顔を見れただけでも、嬉しいです。
お迎えにはおじいさん、おばあさん、妹さんと家族全員で来ていました。道路を挟んで向こう側にいたので、挨拶くらいしか出来なかったです。おばあさん(Yちゃんのお母さん)は「実家に来たときは顔出してちょうだいね」と言ってくれました。
「はい」としか答えられなかった私・・・、まだ何と言ったらいいのか分からない状態です。

今、これを書きながらCDTVスペシャルを見てます。先ほどミスチルが「HANABI」を歌いました。Yちゃんが亡くなる前に日記にも書いたけれど、お気に入りの曲です。
今日、歌詞が字幕で出ていて改めてじっくり見ていたら、なんだか今の自分に語りかけられている様な感じがしました。
またYちゃんを思い出して・・・・
歌詞はこちらから見られます。
特に2番の歌詞がぐっときてしまいます。ホントは恋人の歌なんだろうけど(多分、私の想像ですが)友人でも当てはまるかな・・・。

そんな事を考えていたら、またYちゃんの思い出が蘇ってきました。
中学の頃、私が貸した漫画単行本のなかの詩がすごくいいからノートに書き写したいと言っていたYちゃん。
確かその詩は風の詩だった気がします。
無いだろうなあ〜と思いながら検索してみたらアマゾンにありました。(もちろん中古だけどね)
岡野史佳さんの「海育ちの風」←一応リンク貼ってみました。
私もYちゃんに言われてちゃんと読み返していい詩だな〜と思った記憶があります。
多分実家にまだこの漫画、あるはずだから今度帰った時に探してみます。

海で生まれた風が偏西風などいろんな風になっていく・・・そして君の近くでも吹いているよ。泣いてる子の頬をそっとなでていくよ。・・・って感じだったと思います。
あ、これ著作権とかに引っ掛かる
まずかったら削除しますね。
21:56 | ひとりごと | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑

SL

20080924160259.jpg
来月の本運転に向けて、今日から5日間試運転しています!
迫力あるね〜
写真はママ友が撮ったもの。私はタイミングがズレてしまって、上手く撮影出来なかった…。
我が家のそばの線路です。
16:03 | 携帯より | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

葬儀

17日、午後から友人Yちゃんの葬儀へ参列しました。
昨日夕方に訃報を知って仲良し5人組の私とYちゃんを除いた3人へ連絡しました。
皆、仕事をもっているにも関わらず2人が駆けつけてくれました。
一人は仕事を午前中してから・・・との事で直接会場へ。もう一人は私の家で待ち合わせて一緒にお昼を食べてから行きました。

葬祭場に着くと、Yちゃんのお母さんがいました。お母さんはYちゃんの息子さんの英語教室の送り迎えをしていたので、何度か話をしたりしてました。
お母さんの顔を見たとたん涙が出て来てしまって・・・。友人とお母さんと3人で泣きました。
「あらちゃ、ごめんね。手紙やメールくれたのに会わせてあげられなくて・・・」とお母さんの言葉。
何も言えなかったです。
斎場に向かうとYちゃんの遺影が目に入りました。でもちゃんと見れなかった・・・。見るのが怖かったです。
見たら大声あげて泣きそうだった。
葬儀が始まる前に会場にあるモニターに思い出の写真が何枚も映し出されました。
息子さんと一緒の幸せそうな写真。そこには私の一番良く知っている彼女の顔をちょっと大人にした姿がありました。
この頃に連絡していれば・・・と昨日から後悔ばかりしています。

斎場には私たちの他にも懐かしい顔がありました。
私の記憶の中では15才の坊主頭(男子は全員坊主頭が決まりだった)の少年達が立派な大人になっていてびっくりでした。
同窓会、一度も出席してないから・・・なおさらですね。

もう一人の友人も何とか間に合い、途中から参列しました。

葬儀の後、私の家で友人2人とYちゃんの思い出を語りました。辛い再会になったけれど、数年ぶりに友人と会えたのはYちゃんの計らいなのかな。と。

友人達が帰った後も、Yちゃんへの思いが頭から離れず、中学の卒業アルバムを出して来て久しぶりに見ました。
その時
アルバムの中から出て来た物。
Yちゃんのネームプレート。
一瞬時が止まった。

当時、卒業する時に好きな人の第二ボタンを貰うのは一般的だったけれど、うちの中学はネームプレートを貰うのが主流でした。
何故か女同士で交換したんでしょうね。いや、私のプレートは彼女にはあげてなかったかも。
中学3年の夏に2年間好きだった人に失恋し、その後好きな人がいなかった私に彼女が「これ、あげるよ!!」とふざけ半分でくれたのを思い出しました。
「え〜女の子の貰っても嬉しくないよ」と言いながらも嬉しくて持ち帰ったんです。
アルバムにはさんで置いたのを忘れてました。

よりによって、葬儀の日にYちゃんのプレートを目にするなんて・・・Yちゃんのちょっとしたイタズラ??
会えなくてごめんね、とYちゃんも言ってくれてる気がしました。

Yちゃん、安らかに眠って下さいね。あなたの事は決して忘れない。
16:35 | 生活 | comments (6) | trackbacks (0) | edit | page top↑

訃報

友人が昨日亡くなりました。
なんだかまだ実感がなく、心にぽっかりと空洞が出来た様な・・・。
彼女との思い出が次々に頭に浮かんできます。彼女とは幼稚園の頃からの付き合いでした。

幼稚園時代一番の仲良しだったんです。
小学校に入り6年間、彼女と同じクラスにならなかった(2クラスしかなかったのに・・・)のもあり、お互いに友人も変わりました。
中学では3年の時に同じクラスになり、仲良し5人組の1人として日々を過ごしました。
高校で私は地元を離れ、地元の友人とはほとんど合わなくなりました。
それでも仲良し5人組は年賀状のやり取りは続けてました。
そんな連絡の取り合いも5人でしなくなったのは皆が就職した頃からでしょうか。
そんな頃、5人の中の一人が結婚する事になり久しぶりに皆が顔を合わせました。結婚式の会場に行くときも皆で一緒に行ったんですが、亡くなった彼女だけ彼氏に送ってもらうとの事で別行動。結婚式の後に場所を移して(2次会がなかったので)久しぶりに話しましたが、彼女だけは彼氏が迎えにくると帰ってしまいました。
その頃から彼女とはあまり連絡が取れなくなってたんです。その後、私が結婚。その時に彼女は呼びませんでした。何処に住んでいるかも分からなかったし、実家に聞けば分かっただろうけど当時そんなに付き合いがあった訳ではないのであえて呼びませんでした。

そして、半年後に別の友人が結婚。その際、彼女を呼んだのですが彼女は来ませんでした。
彼女はその4ヶ月前に入籍して東京へと行っていたのです。友人の結婚式の1週間後に東京で親族だけで式を挙げるとの事で、友人は誰も呼ばなかったそうです。

遠くに離れてしまってますます疎遠になっていました。

そして私が家を建てて実家近くに引っ越して来た頃、彼女が離婚してこっちに戻っていると聞きました。
ただ実家に戻った訳ではなかったので、相変わらず住所も分からずにいたんです。

そして、彼女の病気を知ったのが2年くらい前でしょうか?
お互いの母親どうしが仲良くしていたので私は彼女の近況を知る事が出来たのです。

病気が分かったときはすでに手遅れで、手術しても助からないと言われたそうです。しかし手術を無事に乗り越え、一時は元気になったそうです。
私が病気の事を聞いたのはその元気になった・・・という頃でした。
病気に打ち勝って、元気に仕事もしていると聞き安心していました。
それなのに・・・・・

今年になってから彼女が実家に戻ったと聞きました。離婚後も一人息子を抱え一人で頑張っていた彼女。何故実家に??と思ったけれど、どうやら病気が再発したらしくだいぶ体調が良くなかったみたいなんです。

そして偶然にも彼女の息子とゆっちが同じ英語教室に通う事になり、思い切って息子さんを通して手紙を渡したのが今年の5月。

「会いたいね。」と自分の近況と共に書きました。
彼女からの返事はすぐに来なくて1ヶ月くらい経った頃に息子さんから渡されました。
懐かしい彼女の変わってない字。そしてメールアドレスが書いてあったので早速メールしました。
彼女からは「遊びに来て」と返事が来ましたが、私の母から「体調が良くないらしい」と聞いていたので、そんな所に行っても・・・と躊躇していたんです。
会いたいな・・・という気持ちのまま・・・彼女は天国へ旅立って行ってしまいました。

あまり離婚や病気の事を人に知られたくなかったようで、私も他の3人の友人には何も言ってなかったんです。

今日、彼女の訃報を知らせると皆ビックリして言葉がない状況でした。
知っててなんで会いに行かなかったの!!とも言われました。
確かに、生きているうちに会いたかった・・・それは本心です。ただ同じ年頃の息子をお互いに持ち、それでいて健康な私を見てどう思うだろう・・・とかいろいろ考えてしまってなかなか行けなかった。
息子さんを残して逝く事の辛さ、同じ母親として分かるからなおさら。

元の旦那さんはすでに別の女性と一緒にいるらしく、息子さんはおじいさんおばあさんのもとで育てられるそうです。
きっと息子さんへの思いを残したまま、逝ってしまった事でしょう。
辛かったね、でも病気の辛さも大変だったろうから・・・今は安らかに眠って欲しいです。

明日、彼女に会いに行ってきます。
11年ぶり、すらっとした綺麗な笑顔で「太ったんじゃないの??」と笑って言って欲しかった・・・・。
ライン2
先ほど、お通夜に行った母から聞きました。
彼女の妹さんから言われたそうです。
私が渡した手紙の返事を、彼女はすごく迷っていたそうです。
遺言のようになってしまう・・・と書くかどうかさえも迷っていたと言っていたそうです。
これを聞いて涙が止まらなくなりました。
今、また彼女からの手紙を見ました。きれいな字で、なんでもない文章なんだけど、これを書くのにもいろいろ考え抜いて書いてくれたんだと思うと、ホントに辛いです。
彼女からの最後の手紙・・・大切にします。

19:42 | 生活 | comments (4) | trackbacks (0) | edit | page top↑